福岡市博物館で開催されている親鸞聖人展に行ってきました。
浄土真宗の祖、親鸞聖人について知る事ができました。
1173年に京都で生まれ、9歳の時に出家しました。
それから20年間、比叡山延暦寺で学問と修行に励みますが、さとりを開く道を見出せず決別し聖徳太子ゆかりの六角堂に籠ります。
95日目に聖徳太子のお告げに導かれ法然上人をたずねます。法然上人は誰に対しても平等に念仏しなさいと説き、この教えこそ仏道であると法然上人を生涯の師と仰ぎました。法然上人のもとで6年間過ごし、この頃に結婚されたそうです。
35歳の頃、法然上人の死を知り京都へは戻らず関東へ行き、20年間滞在し念仏を伝えていきました。60歳頃に京都に戻られ念仏を伝え続け1262年に90年の生涯を終えました。
ご遺骨は京都市に埋葬されています。
9歳の時に読んだ「明日ありと思う心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは」という言葉は名言として有名です。
親鸞聖人ゆかりの地として
・法界寺、日野誕生院→誕生の地
・青蓮院→得度の地
・比叡山延暦寺→修行の地
・六角堂(頂法寺)→夢告を授かる
・安養寺(吉水草庵跡)→法然上人との出会い
・岡崎別院(親鸞屋敷跡)→住まい
・親不知子不知→経由した難所
・居多ヶ浜→上陸した浜
・竹ノ内草庵→住まい
・本願寺国府別院(竹ヶ前草庵跡)→住まい
・恵信尼公廟所→妻墓所
・善光寺→参拝した
・普願寺→門弟に建立
・称名寺→門弟の子が開基
・真宗寺→本誓寺から名を引き継ぐ
・西教寺→聖徳太子像を所蔵
・勝善寺→門弟に建立
・小島の草庵跡→最初に開いた
・稲田の草庵跡(西念寺)→関東布教の拠点
・大覚寺→命を狙われた地
・鹿島神宮→執筆のため訪れた
・大山の草庵跡→布教の中心とした地
・専修寺→夢告を受け建立
・萬福寺→立ち寄った地
・錦織寺→足跡を残す本山寺院
・光圓寺→住まい
・善芳院跡、角坊→入滅の地
・延仁寺→荼毘に付した地
・崇泰院(元大谷)→大谷廟堂の跡地
・大谷本廟→浄土真宗本願寺派の廟所
・大谷祖廟→浄土真宗大谷派の廟所
と、いろいろな地を巡り、いろいろな出会いや別れ、いろいろな事を経験されています。
ご自分や実家の宗旨宗派が分からないという方もいるのではないでしょうか?
もし浄土真宗なら開祖と言われている親鸞聖人の生涯も、少しは興味が出てくるかもしれませんね。
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